大徳寺と龍源院

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応仁の乱で炎上したのち、一休さんでおなじみの「一休禅師」が
再興した【大徳寺】です。

現在、大徳寺には24もの塔頭がありますが、拝観できるのは
『龍源院』『大仙院』『瑞峯院』『高桐院』の4つだけです。


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【金毛閣(三門)】

写真の金毛閣は応仁の乱後、一休禅師が一階部分を寄進し、
後に千利休により二階部分が設けられ、金毛閣と名付けられた
そうです。

また、この金毛閣は千利休切腹の一因になったことでも有名です。

千利休は二階部分に仏殿を設け、そこに数体の仏像の他に雪駄履き
姿の利休像も安置したそうです。
 茶好きの豊臣秀吉は、大徳寺で茶会があれば門を潜る事になる。
しかし、その上には雪駄履きの利休がいることになる。
秀吉は「天下人にここを通らせるつもりか」との難癖をつけられ、やがて
切腹に追い込まれたという話しです。


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境内はかなり広大です。

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拝観謝絶の看板が掛かっていました。

『龍源院』
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大徳寺の塔頭で一番古い『龍源院』です。
ここには4つの枯山水庭園があります。

まずは、入口から・・・。

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○阿吽の石庭

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方丈に続く庫裏の書院の茶堂廊下の左手に「阿吽の石庭」
があります。

左右にそれぞれ「阿の石」と「吽の石」の2つの石で構成された
本当にシンプルな石庭です。

またこの石庭の東と西の基礎石は、昔秀吉が建てた聚楽第の
ものだといわれています。


         ○東滴壺

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この東滴壺(とうてきこ)は、龍源院の方丈の東にある壺庭で日本で最も小さい
庭だそうです。
大きさは2坪ほどではないかと思います。両側を廊下で挟まれたこの庭は、
2箇所から小さな波紋が広がっているように作られています。


○一枝坦

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一枝坦(いっしだん)とよばれる蓬莱山形式の枯山水庭園です。

一枝坦は、真っ白な白川石に砂紋を描き、仙人が住むという
蓬莱山に見立てた石を配してのが特徴です。

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奥の石組みが蓬莱山、右が鶴島、円形の苔山が亀島を表しています。


        ○竜吟庭

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方丈北庭の竜吟庭(りゅうぎんてい)は、濃い緑が美しいスギゴケ
をじゅうたんのように敷き詰め、経典で世界の中心とされる須弥山を
模した大石を置いています。

室町時代に創建された当時の姿を保っている、一番古い庭です。


方丈室中襖絵です。

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『四方蒔絵の碁盤』
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この碁盤を使って豊臣秀吉と徳川家康が対局をしたと
言われています。

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